恩賜箱根公園について |
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| 県立恩賜箱根公園は、「旧箱根離宮」跡地に広がります。 観光地「箱根」の中心かつ離宮跡地だけあって、公園からの眺めは秀逸です。芦ノ湖や周りを囲む箱根外輪山、富士の峰が一望でき、その見事さから「かながわ景勝50選」のひとつにも選ばれています。 公園のほぼ中央に、旧離宮本館の礎石が残されています。その正面 に建つのが、かつての離宮を思わせる「湖畔展望館」です。 展示されている函根離宮の資料が、華やかな時代を物語ります。2階のバルコニーからは、離宮時代にも劣らない秀景を観賞することができます。 | ![]() |
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手入れの行き届いた生け垣が美しい園内では、四季折々、情趣に満ちた散策を楽しむことができます。4月中旬にマメザクラが咲き始めると公園も春本番を迎えます。5月には色鮮やかなツツジが園路を染め、ヤマユリが香る夏の緑や秋の紅葉も格別
です。 公園の周りには箱根関所跡や箱根神社、旧東海道杉並木などの名所も数多く点在しています。歴史に思いをはせながら、雄大な箱根の大パノラマを堪能しに出かけてみてはいかがでしょう。 |
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公園の沿革 ここは「塔ヶ島」と呼ばれ、芦ノ湖に突出した半島のかたちをなしています。
宮内庁はここに皇族の避暑と外国からの賓客のために離宮の造営を計画しました。明治17年、当時笹の密集していた塔ヶ島を中心に163000平方メートルを買収し、離宮の造営が始まりました。明治19年7月に完成した箱根離宮は、二階建ての西洋館と日本館を中心に官舎・兵舎が建ち並び、華麗な姿を芦ノ湖に映していましたが、大正12年の関東大震災・昭和5年の北伊豆地震と続いた災害によって倒壊してしまいました。その後、箱根離宮を再建する計画もありましたが、時代が戦争へと大きく傾いてゆく中にあって再建計画は打ち切られてしまいました。 そして、終戦後の昭和21年3月18日、離宮跡地は神奈川県に御下賜され、神奈川県はここを整備しその年の5月5日「恩賜箱根公園」として一般に開放いたしました。その後、昭和34年4月県立都市公園に指定され、園内が整備されました。さらに、平成元年より大規模な再整備工事を行いました。 恩賜箱根公園は、その恵まれた環境と富士山を正面に芦ノ湖を見下ろすすばらしい景観とによって箱根を訪れる人々の憩いの場として多くの人々に親しまれております。 |
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公園の概要
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国登録記念物恩賜箱根公園は国登録記念物に登録されました。当公園のある「塔ヶ島」は、明治時代に新築された「箱根塔ヶ島離宮」の敷地にあたります。関東大震災、北伊豆地震の被災を経て、建築の大半は失われましたが、多くの痕跡が残り、またそれらを生かした公園整備が行われていることから、近代造園文化の発展に寄与した意義深い事例といえます。離宮からみんなの公園へ 県立恩賜箱根公園の前身は、明治19年(1886年)に造られた箱根離宮(函根塔ヶ島離宮)とその庭園です。大正12年(1923年)の関東大震災、昭和5年(1930年)の北伊豆地震などの影響でその規模が縮小されたのち、昭和21年(1946年)、神奈川県に下賜されました。
下賜の翌年から県立公園として一般に公開され、車道や駐車場、展望広場、園路などが整備されてきました。
現在では、歴史の名残と芦ノ湖、箱根外輪山、富士山などの眺望を楽しめる名勝地として人々に愛される公園になっています。
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登録物構成要素
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登録選定実績恩賜箱根公園は、その景観や文化財的価値から名公園としてさまざまな選定を受けています。
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